...音機
あるひとびとのにっき

 *File-0003.
 *六〇〇X年 三月 七日 (木)
 
 行き過ぎた科学の進歩は時に人を恐怖の底に叩き落す。それは人間の歴史から明らかだ。そして、今日はまさにその日であったようだ。上からの命令で研究を続けてきた結果、恐ろしいことが判明した。
 終わりだ。私たちはあと八年もすれば滅亡する。
 
 私たちを常に照らしてくれていたあの巨大な光が、今はもう悪魔の瞳の輝きにしか見えない。嗚呼、恐ろしいことだ。こうしている間にも、あの白い光は世にも凄まじい速度でこの星に近づいてきている。
 予兆は充分すぎるほどあった。ここ数年で急激にこの星の気温は上昇している。多くの陸は沈没し、恐ろしい感染病があらゆる場所で蔓延し、異常に突然変異した動植物も増えてきた。
 四日前は脚が七本ある熊に隣の家の娘が殺された。
 一昨日は叔父が原因不明の喀血でそのまま死んだ。
 昨日は異常気象による竜巻で二つ隣の国が消し飛んだ。そこに住んでいた住民たちと共に。
 この星はもう終わりだ。私たちの運命は決定された。
 
 すでに居住可能地域は百年前の五千分の一程度しかなくなってしまった。その中でも特に住みやすく自然が残っている地域に住む上の人間たちは、この恐怖の事実を隠蔽するつもりでいる。事実を知るものはほんの一握りだ。私がこの事実を知りえたことはまさに奇跡としか言いようがない。しかしこれは恵みなどとは到底言えまい。私は絶望しか感じない。事実を知ろうと知るまいと、結局私は何もすることができないからだ。
 おそらく崩壊を免れることができるであろう月に逃げるためのロケットは、すべてやつら金持ちが独占している。我々貧乏人にあのロケットに乗り込む術は無い。
 やつらは自分たちだけが生き残ろうとしているのだ。金という金をやつらにすべて搾取されている私たちに助かる道は無い。
 やがて居住可能地域はさらに狭まり、三年もすれば全人口は今の半分以下に減るだろう。私が一文書く間にいったい何人が飢えや病で死んでいるのだろうか。想像を絶する。
 
 私は世界を救いたい。英雄になりたいわけではない、ただ私の人間としての、生物としての本能がそうしろと私に叫んでいるのだ。切望しているのだ。
 しかしこの事実を公に出せば、確実に私はやつらに殺されることになるだろう。息子も殺される。妻も殺される。あの二人に罪は無い。無実の罪を最愛の二人に着せることなど、私は何に代えてもすることはできない。
 あるいはやつらも怒り狂った民衆により殺されるであろうか。可能性は高い。しかしそれは許されないことだ。世は荒れ、結局八年以内に民衆が月に逃げることはできなくなるだろう。人類は根絶やしになる。一人として生き残ることはできなくなる。  しかし私が黙っていれば、愛する二人は八年の間生き残る。  私が黙っていればやつらは血として永遠に生き残る。  やつらが生き残れば人類は生き残る。  私はもう疲れた。  おそらく八年後に来る地獄にも似た死をただ待つなど、私には荷が重過ぎる仕事だ。まして全人類の生死を私が握るとは、なんとおこがましいことであろうか。  貧乏人には罰が下るのだ。  神の光が落ち、貧乏人が滅亡し、金持ちだけが別世界で生き残る。結構なことではないか。もう私には関係のないことだ。私はすべてから解放される。  私は神など信じてはいない。  神によって殺されるなど真っ平ごめんだ。  今日この日記を書き終えたら、私は私の手で自由になる。
 嗚呼、もう少しだ。もう少しで最期のページが終わる。
 しかし、しかし。もし神が存在するのであれば。
 願わくは。我が最愛の妻と息子だけは、どうか助けてやってくださいませ。あなたを裏切り、ひたすらに背き続けてきた、愚かな私の最初で最期の願いです。
 
 どうか全てを捨てて逃げ出した私の代わりに、あの二人がシアワセな人生を送ることができますよう。
 どうか逃げ出した私の代わりに、この世界をお救いくださいますよう。
 
 
 *File-0008.
 *6〇〇X年 さん月 じゅう日 (日)
 
 きょう、ぼくはおとうさんとおわかれをしました。
 ぼくのおとうさんはお月さまにおしごとをしにいったそうです。おかあさんが言っていました。もうかえってこないんだよ、と言っていました。おかあさんはないていました。ぼくもとてもさみしかったです。
 
 おとうさんはきのうのおでかけのまえに、ぼくにこの日きというご本をくれました。まい日のことをじぶんでかいていくご本だとおしえてくれました。
 いままではずっとおとうさんがかいていたみたいだけど、ぼくはおとうさんのかいたじがよめませんでした。おかあさんも、しらないことばねえとふしぎそうにしていました。きっとおかあさんやぼくによんでほしくないことがかいてあったんだとおもいます。ぼくも、はずかしいから日きはおかあさんとかほかのひとにみせないとおもいます。
 
 でも、おとうさんはこれをくれるとき、大きくなっていっぱいべんきょうしたら、もう一かいこれをよむんだよといっていました。だからいっぱいいっぱいべんきょうして、はやくおとうさんがかいた日きをよんじゃおうとおもいます。
 そして、もしおとうさんがかえってきてくれたら、おとうさんといっしょにおかあさんにないしょで日きをみせっこしたりしたいです。
 おとうさん、はやくかえってくるといいな。
 
 
 *File-0032
 *六〇XX年 六月 二十二日 (金)
 
 どうやら俺はここまでだ。くそ熱い火の玉から出やがる光線で皮膚が腐っちまいやがった。
 頭の上を幾つも幾つもロケットが飛んでやがる。気が滅入る。金持ち集団がこの星を見限って逃げてるわけだ。この星が宇宙のチリになるのももうすぐってことだ。結構なことだな。
 町を包む薄いガラスが吹き飛ぶのも時間の問題だ。周りの人間も水が飲めないでばたばた死ぬ。今日は道端に八人腐ってやがった。俺はああなる前に消し飛びそうだがな。
 
 もう少しだ。もう少しで俺たちは世界の崩壊に立ち会える。光栄なことじゃないか。
 
 ああ、ガラスのドームが破れはじめた。もう数時間もしないうちに膨大な量の熱風が俺たちを吹き飛ばす。まあ影だけでも遺れば儲けもんか。
 そろそろ人生最期のページを書き終えることにする。長年連れ添ってきた『こいつ』は、この世界で最も丈夫なカプセルにぶちこんでおいてやる。いつか宇宙のどこかで開かれたりしてな。面白いじゃねえか。これが俺の最期のロマンだ。
 
 そう、最期だ。あばよ。いい持ち主に出会いな。
 
 
 *File-0034
 *六〇XX年 六月 二十二日 (金)
 
 なんということだ。
 父が遺した日記を読み返すのが、まさかこんな日になってしまうとは。最悪のタイミングだ。あと一年早くこの日記を開きなおすべきだったのだ。父がせっかく僕たちに生きるための希望を託して死んでいったというのに。
 
 嗚呼父さん、申し訳ありません。僕はあなたが遺してくれたこの日記を活かすことができませんでした。
 
 六年かけてやっと習得した父の言葉は、今の僕には絶望しか与えない。父は全てを知っていたのか。この星の末路と僕たちの未来を。あの巨大な火球がこの星に衝突し、何もかもを消滅させてしまうという絶望の将来を。
 父はきっと僕や母さん、いや全世界の人々が天から授かった寿命を全うすることを望んでいたはずだ。だからこそあのときに、この僕に自分の日記を託して逝ったのだ。それなのに。嗚呼。僕はなんて馬鹿な人間だったのだ。もっと早く! せめてあと半年早くこの日記の存在を思い出すべきだったのに!
 
 しかし今ではもう遅い。何もかもが遅すぎた。忌々しい悪魔の瞳はもう目前に迫っている。すでに赤道付近の地域はほぼ蒸発してしまったらしい。僕たちの居住地域でもあと数分もすれば対超熱ドームが壊れ、高熱の炎に飲み込まれる。後には何も残らない。この星は悪魔に喰われるのだ。
 僕がこの星のためにできることはもうない。遅すぎた。後悔だけが残る。僕は貴重すぎる八年間を全て棒に振った。今になると最低の人生だ。父の言うとおり、神など存在しないのだろう。いるとすれば相当性格が悪い。それこそ、まさに本物の悪魔のように。
 
 先刻、母を殺した。
 母が望んだ死だ。生きながら焼かれるなんてごめんだそうだ。強力な麻酔薬を大量に飲ませた。ほどなく心臓まで薬が回った。眠ったまま死んだ母は、とても安らかな顔をしていた。これが最期の僕の仕事になった。
 この家にいるのはもう僕だけだ。
 
 今、この世界にはいったいどれほどの生き物が残っているのだろうか。いったいいくつの生命が死を待っているのだろうか。いくつの絶望が自ら命を絶っているのだろうか。
 そして、もし。この僕がこの日記を然るべき時に読み返すことができていたら、僕は一体何人の命を救うことができていたのだろうか。
 これは後悔だ。後悔以外の何物でもない。
 
 いつもならもう夜が明ける。光が眼前に迫っている。
 僕は死にたくない。死にたくないのだ。
 
 
 *File-0036
 *六〇XX年 六月 二十二日 (金)
 
 私は宇宙にいる。生きている。笑いが止まらない。貧乏人たちが請いすがる顔が今も忘れられない。今頃は影も残らず吹き飛んでいるのだろう。
 一時はどうなることかと思ったが、無事あの薄汚れた星を脱出できた。いい余興だった。あと数十分もすれば月に到着する。月に着けばもう安泰だ。財閥や世界政府同盟の高官たちが集まるドームがすでに完成しているらしい。手が早くて実に助かる。明日からはうっとおしい貧乏人を掃除するこ なく遊んでいられるとい わけだ。
 裏の展望台にでも行って衝突の瞬間でも見てみることにするか。素晴ら い世紀の瞬間だ。生き  屑が消滅 る瞬間 。今か 胸 躍る 。
 
 
 ×××
 
 あ      ?
 
 なん だ?
 
 なんで わたしが こんな に。
 太 が砕け 飛び  て 球もまだ 残っ た
 
  たし ロケ ト溶 て
 
 月
 ?
 
 ×××  ×         ×
 
 
 *File-0042
 *    年  月  日 ( )
 
 ここはどこだ?
 なぜ私は生きている?
 
 はじめはここがあの世なのかと考えた。しかしどうだ。ほとんど見る影も無いが、しかし私が目を覚ましたこの場所はやはりどう考えても私の家だ。私は私の家の自分の部屋にあるベッドの家で気絶していた。ただそれだけなのだ。そんな馬鹿な。絶対にありえない。
 とても信じられない。私は絶対に死んでいなければならないはずなのに。
 あれほど巨大な火の玉が星に直撃したのだ。私の家など、私の身体など、灰になることすら許されないほどの熱量であったはずなのに。
 確かに私は自分の身体が焼却処分されていくのを、この意識を保ったまま感じていたわけではない。全てを諦めた私は人生最愛の人の写真をこの手に握り、やわらかで暖かい愛用のベッドの上で眠っていた。そのときにはもうすでに目が潰れるほどの強い光が世界を覆っていた。世界崩壊まで猶予はまったく無かったはずなのだ。
 
 不思議に思って外に出た。
 やはりおかしい。どうして庭に芝生が生い茂っているのだ。私の庭には最近の超気温でコケ一本生えていなかったはずなのだ。私はこんな景色を知らない。
 
 いや。いや、知っている。私はこの景色を知っている。
 これは見慣れた庭の風景だ。ただ私の目が覚める前後で違うことは、近所の住宅がひとつ残らず廃墟のように崩れてしまっていることと、乾ききっていたはずの地面に見たことのない芝のような雑植物が茂っているという二点だけだ。
 どうやら近くに私以外の人間はいない。猫の子どころか、蝿一匹も見当たらない。しかしここがもしあの世ではないということであれば、この私が生きているのだ、他にも必ず生きている人間がいるはずだ。まともであるか否かは別として。
 大事に手に握っていたあの人の写真は焦げ跡ひとつ付いていない。相変わらず羨ましいくらいの写真写りの良さだ。
 
 私はあの人を探すことに決めた。
 あの人は私と違って運だけは強かった。あの人は必ず生きている。もう一度一緒に日記を書こう。きっと一緒にこの家に帰ってこよう。
 この日記は私のベッドの枕元に置いておく。もし他に生きている人がいて、偶然にもこの日記を見つけることができたら、たった一文字でもいい、ぜひ書き込んでいってほしい。私は定期的に帰ってくるつもりだ。それまで待っていてくれてもいい。私は生きている人がいるかどうかを知りたいのだ。できたらその人に会いたいのだ。それはお互い同じ気持ちだと思う。
 願わくはこの日記が、その人と私の、人類の希望となりえますように。
 
 
 *
 
 
 *File-0657
 * 一五六年 草薙の日 七と二十五の時
 
 やっとアルダージュの炭鉱村に到着した。
 ここでは何よりも鮮やかな空色をたたえる蒼い宝石が採れるという。一日かけて村を回ったが、だいぶ雰囲気がいい。食べ物も久しぶりに美味しいものが食べられそうだ。
 明日は一日羽を伸ばし、明後日あたりに案内を連れて炭鉱に入れてもらおうと思う。
 空色のアルダージュは空が大好きだったアルジに是非とも届けてやりたかったが、いかんせん場所がわからない。仕方がないのでうまく余分に採れたらトリスに頼んで送ってもらうことにしよう。二人が喜ぶ顔が目に浮かぶ。
 このあたりは自然も美しいままのようだから、時間ができたら久しぶりに森に入って植物採集などもしたいところだ。綺麗な花があったら宝石と一緒に綴じてやろう。そうと決まれば、明日は村を散策するついでに森に棲む幻獣についても情報を集めなければならない。案外に忙しい日になるかもしれない。
 
 今回の旅が終わったら、久々に『あの場所』に帰ってみようと思う。正直皆に会えるとは思っていないが、もしかしたら僕より以前に帰ってきた誰かが何かを残しているかもしれないな。
 何も無かったら、そのときはそのときだ。一番乗りに帰ってきた証を残しておいてやろう。そういえば、アルジと音機はいつも一番に『あの場所』に集まっていた。負けず嫌いなアルジのことだ、自分よりも僕が先に来たことを知ったらきっと悔しがるに違いない。そうだ、そこにアルダージュを置いておくのもいいかもしれない。もしそうするのなら、ひとつ手紙でも書いておいてやろうか。
 
 思いは尽きない。皆元気にしているだろうか。
 世界はだいぶいい方向に変わってきている。アルジ達ががんばってくれているのだろうか。皆でまた一緒に遊んでいられる日が来るのも近いだろう。そんな予感がする。
 
 さて、明日も早い。今日は早めに寝ておこう。
 
 また無事に日記が書けることを祈って。おやすみ。
 
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 002.僕と
 003.コトバツムギ オトツムギ
 004.また、いつか。
 005.Epilogue*Prologue
 006.月の民の話
 007.あるひとびとのにっき
 008.「おやすみ」
 009.それから
 010.母
 
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